遺言の種類
民法には通常の場合に作成されることを予定している普通方式の遺言(自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言)と、特別の事情がある場合に幾分簡易な方法で作成することが許される特別方式の遺言(危急時遺言・隔地者遺言)について定められています。
ここでは普通方式の遺言の中でも特に利用されることが多い「自筆証書遺言及び公正証書遺言」についてメリット・デメリットを交えながら説明をさせていただきます。
自筆証書遺言
遺言する方が自らの手で全文(財産目録を除く)、作成した日付を書き、署名と捺印をして作成する遺言書のことをいいます。
メリット
1.第三者の関与なく、自分一人だけで作成することができる
証人等の第三者を介在させる必要がないため、誰にも知られることなくいつでもどこでも作成できます。
2.作成にあたり公証人の手数料等特別な費用が発生しない
自分一人だけで作成することができるため、公証人の手数料等特別な費用が発生いたしません。
デメリット
1.方式不備により無効になる可能性がある
遺言に対する法律知識がないまま遺言書作成をした場合、法的な不備が発生し、無効になってしまう恐れがございます。
その結果、せっかく作成した遺言の内容が実現されない等の事態に陥ってしまいます。
2.遺言書を紛失したり、改ざん、隠ぺいされてしまう恐れがある
遺言書の保管場所を忘れてしまったり、遺言書の保管場所を相続人等の利害関係者に知られてしまった場合、破棄、改ざん、隠ぺいされてしまう恐れがございます。
3.遺言内容をめぐって相続人間で紛争が生ずる可能性がある
証人等第三者の関与を要しないため、遺言作成時の遺言者の状況や真意が分かりません。
そのため、認知症などで十分な判断能力がないまま作成されてしまったのではないか等、遺言内容をめぐって相続人間で紛争が生ずる恐れがございます。
4.検認手続きが必要
遺言者の死亡後(相続発生後)、相続人は遺言を勝手に開封してはならず、家庭裁判所にて「検認」という手続きを経る必要がございます。
検認手続きは、遺言者の出生から死亡までのすべての戸籍謄本、相続人の戸籍謄本、住民票等の書類を手配したうえで、申立てをします。
また、検認の申立から完了まで、約1ヶ月以上の期間がかかり、この手続きが終わらない限り、遺言内容を実現(遺言執行)することができません。
自筆証書遺言保管制度
令和2年7月10日から、遺言書保管所(法務局)において「遺言書保管制度」が運用されております。
これは法務局が遺言者の申請により自筆証書遺言の原本を管理・保管してくれる制度であり、自筆証書遺言に存在するリスクを軽減することを目的として創設されました。
メリット
1.方式不備により無効になる可能性を減らせる
遺言書保管所(法務局)が民法で定める方式に適合しているか、外形的な確認をしてくれるため、方式不備により無効になる可能性を減らすことができます。
2.コストが比較的安価である
申請1件につき3,900円と比較的安価で遺言書を保管してもらうことができます。
3.遺言書保管所(法務局)の職員以外に内容を知られることがない
公正証書遺言と異なり、証人の立会は不要なため、遺言書保管所(法務局)の職員以外に内容を知られることがありません。
また、遺言者が死亡するまでは、推定相続人を含めた第三者が原本等を閲覧することはできません。
4.遺言書を紛失したり、改ざん、隠ぺいされてしまうことがない
保管する遺言書は、遺言書保管所(法務局)に遺言書の原本及び遺言書の画像データとして保管がなされます。
そのため、遺言書を紛失したり、相続人等の利害関係者に破棄、改ざん、隠ぺいされてしまうことがございません。
5.検認手続きが不要
遺言者の死亡後(相続発生後)、家庭裁判所での検認手続きが不要となります。
6.遺言書が発見されやすい
遺言者の死亡後、相続人等は自分が関係相続人等に該当する遺言書について、その保管の有無等を確認・証明する遺言書保管事実証明書を交付請求することができます。
また、関係相続人は遺言書保管所に保管されている遺言書についてその内容を証明する遺言書情報証明書の交付請求や遺言等の閲覧請求が可能となります。
これらの請求がされた場合、その他すべての関係相続人等に対して遺言書を保管している旨の通知がなされます。
また、遺言者があらかじめ申出をした場合、遺言者の死亡時に遺言書保管所(法務局)から関係相続人等のうち1名へ遺言書を保管している旨の通知がなされます。
遺言者が遺言書を作成したこと等を誰にも伝えていない場合、関係相続人等がその事実に気付くことは困難ですが、この制度を利用することによって従来よりも遺言が発見される可能性は高くなるといえます。
デメリット
1.遺言者本人が遺言書保管所(法務局)に出頭し、申請する必要がある
なりすましや遺言者の意思に反して遺言書の保管申請がなされることを防止するため、遺言者本人が遺言書保管所(法務局)に出頭し、申請する必要がございます。
そのため、遺言者本人が病気等のため遺言書保管所へ出頭できない場合はこの制度は利用できません。
2.変更事項を届け出る必要がある
遺言者本人の氏名・住所等に変更が生じた場合、遺言書保管所(法務局)にてその旨を届け出る必要がございます。なお、変更の届出の際に手数料はかかりません。
3.遺言内容につき、不備が生じる恐れがある
遺言書保管所(法務局)は遺言の内容について確認をしません。
また、遺言内容について質問・相談にも一切応じてくれないため、せっかく書いた遺言が相続登記等で使用できない表現・記載になっていた等、遺言者の思いを実現できる内容になっていない可能性がございます。
4.遺言内容をめぐって相続人間で紛争が生ずる可能性がある
証人等の関与を要しないため、遺言作成時の遺言者の状況や真意が分かりません。
また、遺言書保管所(法務局)も意思確認までは行わないため、認知症などで十分な判断能力がないままに作成された遺言書が保管されてしまう等、遺言者の死亡後、遺言内容をめぐって相続人間で紛争が生ずる可能性がございます。
5.相続開始後、遺言内容を実現(遺言執行)するのに時間を要する恐れがある
遺言内容を実現(遺言執行)するためには、遺言者の死亡後、遺言書保管所(法務局)にて遺言書情報証明を交付請求する必要がございます。
遺言書情報証明の交付請求には、遺言者の出生から死亡までのすべての戸籍謄本・相続人全員の戸籍・相続人全員の住所証明等を提出する必要があるため、遺言書情報証明の交付請求に時間を要してしまう可能性がございます。検認手続きは不要であるため、この制度を利用しない自筆証書遺言よりは早く遺言内容を実現(遺言執行)できますが、公正証書遺言と比較すると遺言執行に時間を要してしまう恐れがございます。なお、遺言情報証明書の請求に必要な戸籍等の書類の手配、交付請求書の作成は司法書士に依頼することが可能です。
(遺言書情報証明書の交付を司法書士が受けることはできず、関係相続人本人に交付されることとなります。)
公正証書遺言
「公正証書遺言」とは、証人二人以上の立会いのもとに公証人に作成してもらう遺言書のことです。遺言書の原本は公証役場が管理・保管してくれるほか、法律のプロである公証人が関与して作成する遺言書なので、確実性が高い形式といえます。
メリット
1.適正な遺言書を作成できる(遺言の確実性)
法律のプロである公証人が作成してくれるため、無効になる恐れも低く、遺言者の思いを実現できる内容の遺言書を作成することができます。
2.文字を書けなくても作成できる
自筆証書遺言は、財産目録以外、全文を自書しなければなりません。
これに対して、公正証書遺言は公証人が公正証書により作成するため、遺言者自身が自筆する必要がございません。
そのため病気等で、自書が困難となった方でも遺言をすることができます。
3.相続人間で遺言内容について紛争が生ずる可能性が低い
証人二人以上の立会いを求められるほか、公証人の意思確認も行われるため、遺言者の意思能力等を問題とした相続人間での紛争が生ずる可能性が低いといえます。
4.遺言書を紛失したり、改ざん隠ぺいされてしまうことがない
公証役場にて公正証書遺言の原本が保管されるため、遺言書を紛失したり、改ざん隠ぺいされてしまう恐れがありません。
5.比較的発見されやすい
公正証書遺言の原本については公証役場にて保管されます。
平成元年1月1日以降に作成された公正証書遺言についてはデータベース化されており、遺言者の死亡後、遺言書を作成した公証役場のみならず最寄りの公証役場で調査をすることが可能です。
遺言が見つかった場合、公正証書遺言の謄本を交付請求することができ、当該謄本で遺言内容を実現(遺言執行)することができます。
そのため、自筆証書遺言(自筆証書遺言保管制度利用のものを除く)と比較すると発見されやすいといえます。
6.検認手続きが不要
遺言者の死亡後、家庭裁判所での検認手続きが不要であり、速やかに遺言内容を実現(遺言執行)することができます。
7.遺言者本人が公証役場に行かなくても、公証人に自宅や病院に出向いてもらい作成することができる
遺言者がご高齢で体力が弱っていたり、病気等により、公証役場に出向くことが困難な場合は、公証人が遺言者の自宅や病院等へ出張して遺言書を作成することもできます。
デメリット
1.公証人の費用がかかる
作成にあたり公証役場に費用を支払う必要がございます。財産額や内容により価格が変わるため一概にいくらとは言えませんが、4万円~10万円程度かかることが多いです。
詳しくは、以下の日本公証人連合会のホームページをご確認ください。
日本公証人連合会ホームページ
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow02/2-q13
2.公証役場とのやり取り
公正証書遺言を作るには、事前に戸籍謄本、印鑑証明書、財産に関する証明書(登記簿謄本・固定資産評価証明書、通帳のコピーなど)を準備したり、公証人と遺言書の内容について打ち合わせをする必要がございます。なお、司法書士等の専門家に依頼をした場合、公証役場との打ち合わせについては代行してもらうことが可能です。
3.証人が2人必要
公正証書遺言を作成するには、証人2名に立ち会ってもらう必要がございます。
そのため、遺言の内容が公証人と証人には知られてしまうので、遺言の内容を完全に他の人に知られないようにすることは出来ません。
なお、証人については別途費用がかかってしまいますが公証役場にて紹介をしてもらうことも可能です。
また、司法書士等の専門家に遺言作成のサポートを依頼した場合、司法書士等が証人となってもらえるケースが多いかと存じます。
なお、ここまでの主な違いを表にして比較すると以下のとおりとなります。
自筆証書遺言 | 自筆証書遺言保管制度 | 公正証書遺言 | |
作成費用 |
かからない |
安い |
比較的高い |
証人の要否 | 不要 | 不要 | 必要(2名) |
方式具備の確認 | 無 | 有 | 有 |
遺言内容の確実性 | △ | △ | 〇 |
遺言の保管 | 遺言者自身で管理 |
遺言書保管所 |
公証役場 (原本の保管) |
遺言書に関する通知 | 無 | 有 ※ | 無 |
検認手続き | 要 | 不要 | 不要 |
※死亡時通知については、遺言者が事前に遺言書保管所(法務局)に申出をする必要がございます。
遺言書情報証明書の交付請求等がなされた場合、その他すべての関係相続人等に対して遺言書を保管している旨の通知(関係遺言書保管通知)がなされます。